コロナで寝込んでいる間、バカバカしくて笑える動画をYouTubeで見たり、スマホゲームにコツコツ取り組んだりして過ごしていたのですが、あれこれ考える時間もたくさんありました。
ちょっとしたことがきっかけで、坂道を転がるように状態が悪くなり、あっという間に亡くなった、という話を、私は今までいくつも見聞きしてきました。実際、父もそうでした。
ちょっとした転倒がきっかけで寝たきりになり、認知症を患ってしまったご高齢の方の話は、本当によく聞きます。
私の病状は、重篤なものではなかったです。
でも、朝目が覚めたら微熱が出ていて、いつまで経っても下がらない日々が突然始まると、「このまま微熱が下がらなかったらどうなるんだろう」という、ネガティブなことばかり考えてしまう。
人って、ある日突然、死んでしまうことがあるんだな。
ちょっとした発熱がきっかけで、亡くなってしまう人もいるんだな。
どういう形かはわからないけど、私もいつか必ず死ぬんだ。
コロナきっかけに、久しぶりに、ぼんやりと死を意識したのです。
それから、「今私が死んだらどうなるんだろう」という考えに及んだ時に、まず浮かんだのが、私個人で保管している物、特に写真のことでした。
一人っ子だったこともあり、母は私の写真をたくさん撮影してくれていました。昭和時代は、写真はアルバムに貼って保存するのが一般的でしたが、このアルバムが、しっかりした作りで、重いのです。
どっちかといえば整理下手だった母は、どこを撮影してるかわからない写真も、ピンボケの写真も、同じ場所・同じアングルの写真(ほぼ同じ写真)も、現像した写真全てをアルバムに貼ってました。
その結果、残されたアルバムの数が、異様に多い。
私がメインのアルバムだけで、十数冊あります。さらに、母がメインの写真、さらに、母方の先祖の写真(戦前のもの)などが貼られたアルバム、差し込み式のポケットアルバムに保管している写真もあります。
現在は、ほぼ見ないアルバムを入れた数箱の重たいダンボール箱が、押し入れのかなりの場所を占拠している状態です。
私が整理するしかない物の筆頭、それが写真類だと思ったのです。
私がいなくなった後、整理をしてくれる人が困るでしょうし、写真を貼ったままのアルバムを処分するというのは、あまり気分のよくないものだと思いますし。
他人には見られたくない写真、私ですら誰が写っているのかわからない写真もあります。
写真を取捨選択し、不要だと感じた写真は、思い切って処分しよう。
それで最近、時間がある時に取り組んでいるのが、アルバムから写真を剥がす作業。
「アルバム 写真 剥がし方」というキーワードでネット検索してヒットする、複数の記事を参考にしつつ、ドライヤーやカッターナイフなどを手に、ぼちぼちと進めています。
とにかく地道な作業です。慎重さが必要ですので、時間もかかります。
剥がす時に破れてしまったり、穴が空いたりと、失敗も多々ありますが、全ての写真を無傷で剥がすことにこだわっていないので、気が楽。「この写真はこれまでだったんだ」って思えます。
そのかわり、絶対残したい写真を剥がす時の緊張感は、半端ないです。
今回、久々にアルバムを引っ張り出しましたが、半世紀以上前のアルバムは、台紙が茶色に変色し、フィルムの粘着力もなく、ページが簡単にバラバラになり、アルバムとしての形が崩れていました。
今がまさに整理するタイミングだったのかもしれません。
剥がした写真は、アルバムごとに封筒に入れ、封筒には撮影時期を記入して保存。同時期の写真が、別々のアルバムに貼られていることもありますので、全部剥がし終わった時点で取捨選択に取りかかろうと思ってます。
選抜した写真をどう保管するかが、次の悩みどころですが、追々考えることにします。
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